2011年10月24日月曜日

大日本帝国憲法入門(6)天皇の緊急勅令など

 こんばんは 


 今日は、『第1章 天皇』のその他の条文についての解説をします。なお、今回から各条文に口語訳をつけました。適宜、読みやすいように句読点などを振り、意訳している場合もありますので、ご了承ください。




 第8条 


 1 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要二由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス


 2 此ノ勅令ハ次ノ会期二於テ帝国議会二提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来二向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ


(口語訳)


1 天皇は公共の安全を保持し、またはその災厄を避けるため緊急の必要により帝国議会の閉会の場合において法律に代わるべき勅令を発する。


2 この勅令は次の会期において帝国議会に提出しなければならない。もし議会において承諾を得られなかった時には、政府は将来に向かってその効力を失うことを公布しなければならない。



 第8条は、天皇の緊急勅令と呼ばれるものです。もちろん、「天皇は統治すれども親裁せず」ですので、天皇自身が勅令の内容を考えるわけではありません。実際に勅令の内容を考えるのは内閣です。内閣の考案した勅令を、天皇の名において発するわけです。


 但し、勅令や命令もまた憲法(国体に関する不文の法)の下位にあるものなので、国体の中心である天皇がそれらを発する権限を持つ、ということなのです。


 ここで、内閣について簡単に触れておきます。


 大日本帝国憲法は、伊藤博文・井上毅・金子堅太郎・伊東巳代治ら、当代の保守思想を熟知した英才によって起草されたのですが、その外形は当時の欧化政策に倣い、ヨーロッパの立憲君主国であったプロイセン王国憲法を範としました。


 教科書などを読むと、あたかもその内容までプロイセンの憲法に倣って起草したように思われてしまうのですが、今までお話してきたことからもお分かりのように、それは完全な誤りです。大日本帝国憲法は、我が国の国体に関わる不文の規範(法)を成文化したもの(この点について、初めてお読みになっている方は『入門の入門』「立憲主義(法の支配)」などを参照して下さい)であって、プロイセン憲法を模倣したというのはあくまで制度上の外形に過ぎません。


 そして、その制度として導入されたものの一つが内閣です。内閣制度については第4章などでお話しますが、実は、大日本帝国憲法の条文上では、内閣や、総理大臣というものは規定されていないのです。単に、国務大臣という言い方でしか表現されていません。


 しかし、大日本帝国憲法下においても内閣制度や内閣総理大臣は、憲法上の習律として存在を当然視されてきました。条文にはなくても、存在するのが当たり前だとされてきたのです。


 さて、第8条は、もしも帝国議会が閉会中に、緊急を要する事態が発生し(例えば戦争など)、何らかの法律を制定しなければならないときはどう対応すべきか、ということについて定めたものです。この場合、内閣は天皇を輔弼し、天皇の名において、法律の代わりとなる勅令を発することができる、というのです。


 「政務の合議制」は我が国の国体に関わる不文の法です。勅令の内容は、閣議という形で合議により決定されるのですが、何ぶん緊急のことであり、二院制を採ってより多くの議員によって慎重に審議の上協賛された法律と比べるならば、「合議」の徹底度でいえば、やはり法律の方が上でしょう。法律は勅令や命令の上位規範なのです。


 そこで、第8条第2項は、このような緊急勅令の存在をやむをえないものとしつつ、その勅令が合議制の度合いがより徹底している議会の承諾を得られなければ、将来に向かってその勅令は無効となる、と規定したのです。


 無効とは、ある法律がその効果を失うことであり、通常は初めに遡って無効となるのですが、この場合はそれでは様々な混乱を生じてしまうので、議会の承認が得られなかった時点から無効とする、とされたのです。


 このように、第8条は緊急事態において議会が開かれない時の対処と、政務の合議制の法とのバランスを取った条文です。




 第9条 


 天皇ハ法律ヲ執行スル為二又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及ヒ臣民ノ幸福ヲ増進スル為二必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス


(口語訳)


 天皇は法律を執行するために、または公共の安寧秩序を保持し、及び臣民の幸福を増進するために必要な命令を発し、または発させる。ただし、命令をもって法律を変更することはできない。



 法律を制定しても、どうしても細かいところまで決めるわけにはいきません。また、言葉の意味をどう解釈すべきか疑問が生じることもあります。さらに、第8条のように議会が閉会中でなくても、何らかの形で法律を補う必要も出てくることがあります。


 そこで、内閣は天皇を輔弼し、かつその名において、このような場合に命令を出し、法律を補うことができるようにしました。それがこの第9条です。


 しかし、これにも第8条と同様の問題があります。合議制の度合いでいえば、法律の方が上です。従って、このような命令を出すのはいいとしても、これをもって法律を変更してしまうことはできません。法律に反するような命令は無効、というわけです。但し書きではこのことを、「命令で法律を変更することはできない」として定めています。




 10条 


 天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任命ス但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各其ノ条項二依ル


(口語訳)


 天皇は行政各部の制度、及び文武官の俸給を定め、文武官を任命する。ただし、この憲法や他の法律に特例を定めている場合はそれによる。



 第10条は、天皇が文武の官僚を統制し、これに任命権を持つことなどを定めています。官僚は国家に奉仕すべき存在であり、国体の中心たる天皇が任命権を持つのは当然です。もちろん、任命は内閣の輔弼によって行われます。




 11条 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス


(口語訳)天皇は陸海軍を統帥する。



 12条 天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム


(口語訳)天皇は陸海軍の編成と常備兵力を定める。



 13条 天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス


(口語訳)天皇は宣戦布告をし、講和し、その他様々な条約を締結する。


 

 神武天皇もそうであられたように、国体の中心である天皇が軍を統帥することは我が国の国体に関わる不文の法です。実際の指揮は戦争のプロである軍人が行うとしても、全軍の大元帥は天皇であるのです。従って、その編成や常備兵力も、各大臣の輔弼をもって天皇が決定するのです。


 第13条では、宣戦布告や講和の他に、平時に締結される条約においても各大臣の輔弼をもってすることとし、帝国議会の協賛は必要ないものとしています。


 


 14条 1 天皇ハ戒厳ヲ宣告ス


     2 戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム


(口語訳)1 天皇は戒厳を宣告する。


     2 戒厳令を発する要件と、その効力は法律によって定める。



 第14条は戒厳について定めています。戒厳とは、国内が緊急事態に陥ったとき、国体を護持するため一時的に臣民の権利や法律の効力などを停止するなどの必要な措置を取ることです。「戒厳令」という法律によって、要件や効力が定められていました。




 15条 天皇ハ爵位勲章及其ノ他ノ栄典ヲ授与ス


(口語訳)天皇は爵位や勲章、その他の栄典を授与する。


 

 爵位についていえば、帝国議会は貴族院と衆議院の二院制であり、合議制もかかる世襲と民選の組み合わせで所期の効果を発揮し得ます。詳細は第三章で述べます。

 



 16条 天皇ハ大赦特赦減刑及復権ヲ命ス


(口語訳)天皇は大赦、特赦、減刑、復権を命じる。



 裁判によって刑の宣告がされ、服役中の者に対して、何らかの事情で刑の免除が行われることがあります。これらももちろん、大臣の輔弼によって天皇の名において行われます。




 17条 1 摂政ヲ置クハ皇室典範ノ定ムル所ニ依ル


     2 摂政ハ天皇ノ名ニ於テ大権ヲ行フ


(口語訳)1 摂政を置く場合には皇室典範の定めによる。


     2 摂政は天皇の名において大権を行う。



 天皇が幼少であったり、長きにわたってその役割を果たせないときには摂政が置かれます。摂政は天皇の名においてその役割を代行しますが、75条では摂政が置かれている間は大日本帝国憲法や皇室典範を改正できない旨定めています。後に詳述します。



 次回は、『第2章 臣民権利義務』に入ります。




 このブログはこちらからの転載です → ブログ『大日本帝国憲法入門』

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