3月10日 東京大空襲の日ですね。
非戦闘員がこんなに殺害されたというのは、本当に歴史上でもあまり無い事ですね。
東京で10万人以上の方が亡くなって、その後、広島、長崎に原爆なんて恐ろしいものを落とされて、占領軍がやって来た、その頃の外交文書が3月7日に公開されたそうです。
今回の資料の公開で、占領政策上でのご皇室に対する数々の違法行為事実も明らかなっているそうです。これらを見たら"親米保守"の方はなんと言われるのか聞いてみたいですね。
私もこの占領政策は日本と日本人の中心であるご皇室をつぶす為の政策で、皇室財産の没収、宮家の廃止、日本国憲法(占領憲法)の制定や皇室典範の廃止をしたのだと思っていますので。
その中の一つ、外務省のHPにも載っていました。外交史料 Q&A昭和戦後期
「終戦連絡中央事務局」の業務について教えてください。
Answer
終戦連絡中央事務局(終連)は、占領期にGHQと日本政府との連絡を担った機関です。連合国軍最高司令官より示された中央連絡機関設置の要求に応じて、**(略)**4部が置かれました。設置当初それぞれの部では、総務、軍事・政治その他連合国軍に対する通信便宜供与、賠償・経済的調整、俘虜抑留者、といった事項が取り扱われていました。
終連の業務は占領政策の進展とともに複雑化し、内閣直属の行政機関が新設・拡充されるに伴い、それらの機関に分掌または移管されるようになりました。***(略)***
という物だそうです。
今回の外交文書では、この"終連"とGHQの協議により日本国憲法と言われている物が、作成されていった事が出ているようです。
まぁ、押しつけられた憲法ですから、日本の政府によって作成されたものだと思っている人はそもそもいないと思いますが、休戦状態の政府の中で"終連"という講和条約締結の窓口がGHQの指令によって日本国憲法を作った。
私達が今、国の根幹だと教えられている日本国憲法という物は、決して、憲法を定める機関で作成されたのではなく、講和条約の協議をする場で出来た物なのです。そんな、"条約"とはさっさとお別れして帝国憲法を改正するべきなんですよね。
0 件のコメント:
コメントを投稿